2021年09月04日

普通の良さ

今日マイバスケット行ったら75beerのIPAあり、前に飲んでまた飲みたかったので買って飲んだ。今日は二重マスクしてたけど、暑いなやはり。自分がお知らせした人が3セット券を買ってくれる人が割といて、ありがたい。主催をしていると全部見てほしい気持ちが強い。

政治的な発言が多いのも良いけど、その人のくだらない部分に魅力を感じる自分にとってはそれだけ多くなるとつまらなくなる。もちろんバランスなんだけども。究極、その本人が選挙に出れば良いと思うし。中から変える以外本質的には無理だろう。

こないだ夜中に何となく落ち込んでたら、昔教えてた子がメールくれて嬉しかった。ガラケー壊れてぜんぜん連絡先わからなくなり、どうしてるかなと思ってたので元気そうで良かった。最初に会ってから18年近いかもしれない、そして多分少しの間でも教えた生徒数はかなり居るかもしれない。レッスンは良いこともイヤなこともあったな。それでも自分の特技を仕事にできたのだからとてつもなくありがたいことです。

料理人が作ったものが美味しくないといけないように、表現する人もその表現が良くないといけない。もちろん良くない時もあるけど、良いものをやっている前提でないといけない。万人に受けるとかそういうことじゃなくて。必ず面白いものをやるとか傑作を作るとか、ハードル上がってしまうけど保険をかけるより熱意があったほうが生で見てみたくはなる。言葉も聞きたい。最後は自分がこれをやれて良かったって思えないとどれだけ人に受けたとしても多分手応えとしては薄いと思う。やりきって、それがたくさんの人に届くのならこんなに幸せなことはないのだけど盲目的に自分もそれを見てくれる人も単純に受け入れてしまうとそれもそれでつまらないんだろうなとも思う。ここは少しややこしい問題なんだけど、場所が違えばマジョリティーもマイノリティーになり得る。

ただどちらも確かに面白いものは存在するのは間違いないし、それに合った適切な場所でやることも必要なのかもしれない。

作業終わらせてワールドカップのヨーロッパ予選みたい。
posted by ゴンザレスチバリ at 17:35| 日記